『神抗鬼―ジンコウキ―』



 に現れた其の不可思議な存在をかにでも認識できた人間は、僅かすらいたのだろうか!

 其れは阿頼耶識や阿摩羅識を―人智を超えた古のものであった!

 故に当の武人であろうと、六徳の賢者であろうと、ほどの違和感すら無しに通り過ぎる。それに 相対して感じるはただ清浄虚空のみ―否、それですら全過ぎた。凡夫であればその無量すら覚えず、 大数と紛うばかりであったろう。

 其れは埃(エジ)及(プト)より来たりし、砂を支配した無貌の王。大帝(ノデンス)とその配下たる 夜鬼(ゴーント)に敗れた後に、喜馬拉耶(ヒマラヤ)、恒河沙(ガンジス)を、垓(がい)下(か)を秭(し)歸(き)を 、幾多の澗(たに)を渡り東の果てへと着いた!

 に、其のしに気付いたのがこの国の鬼(ゴーント)―酒天童子であったのは、必然であった。

 須臾(しばらく)童子は逡巡した。彼は見た。纏わぬ、その不可解で不定型な体躯を…その上にらぬ 覇那由多加織(ゆたかおり)で覆われし曖昧模糊とした円錐形の貌を!

 それがいけなかった!

 渺(びょう)とした空気が張り詰める。見たのだ、つまり見られてしまった!

 無貌の悪しき神は云う―羅双樹を与えよう、と。すなわち、鬼たる童子に今生の豊と、死後の涅槃静寂を与えようと!

 童子は、静かに構える。

 の悪さは億(おしはかる)までもない。童子にはほどの勝ち目のないことが分かっていたが、阿僧祇(でんきょうだいし)に敗れて後も、 現在に至るまで変わらずに保たれていた郎党の矜持が童子を動かした。そう、『鬼に横道は無い』。邪神の庇護に入ることなど、罷らぬの であった。

 瞬息の後、童子は百(いな)篝(ずま)の如き弾指を放つ。力に等しき膂力から放たれる撃は真に必殺、童子の刀を持たぬ所以であった。

 刹那、其れは然と消え失せた。

 ―この後、童子は不可説不可説転(ヤオヨロズ)の貌無き神類と闘い…神の導きを経た頼光に打ち取られることになる。





「掲載する場所を間違えていないかしら。病棟はあっちよ。」

いや、これであってるんだよ。タイトルの塵劫記からわかるように?強調された文字は全て命数法の言葉になってるの!

「上は無量大数から、下は涅槃静寂まで、ということ?だからなんなのよ。」

だからって…今回のお題が単位だったからとしか…

「にしても、結構無茶があるわよね。」

恒河沙は正確にはガンジスの砂のはずだし、その周辺は地名に逃げたし、ゆたかおりは存在するけど、 那は無理やりだし。でも、阿僧祇=おぼうさん=伝承大師は個人的に気に入ってる。

「ダブりは無いようだけど、厘はどうにかならなかったのかしら。これは普通に単位として使ってるわよね。」

数詞として使わない、っていうのが無茶な前提だったんだよ…


「ところで、酒呑童子―えっと、平安時代の鬼だったかしら―は何と戦っているの?」

這いよるもの!千の貌を持つもの!ニャルラトーテップだよ!!

「・・・・・・はい?」

クトゥルフ神話っていうのの邪神様。


「不可説不可説転って、命数法に無いわよね?」

んにゃ、これは 10^37218383881977644441306597687849648128 のことだよ?